はじめに | ||
江戸時代の版本の中に、絵本と称する一分野がある。その絵本が、浮世絵を中心とする日本の絵画 資料とともに、江戸時代末期から今日にいたるまで大量に欧米に流失していることは周知の事実であ ろう。欧州はシーボルト、米国はフェノロサ以来のことであるから、いずれにしても久しい年月を経 てのことであるが、今日、欧州のコレクションとしては、イギリスの大英図書館、アイルランドの チェスタービューティー図書館、ドイツのプルべラー・コレクションなどが有名どころとして挙げら れる。また米国ではボストン美術館、ニューヨーク公共図書館、シカゴ美術館などが代表的なもので あるが、その他、フリーア美術館や米国議会図書館、カリフォルニア大学ロスアンゼルス校、ハー バード大学、コロンビア大学のように多少、まとまった数を有する機関は少なくないと思われるし、 個人の収集家も多いことである。おそらくこれらの在外コレクションを合わせれば、日本全体のコレ クションを質量ともに優に上回ることであろう。 一方、日本の絵本コレクションの最大手はやはり国会図書館であり、ついで東京都立中央図書館、 東北大学狩野文庫、天理大学付属天理図書館あたりに指を屈すべきである。絵本の愛好家が多いこと は、海外と事情は同じで、コレクションの実態を正確に把握することは不可能であるが、個人の物で ある分、市場に環流してくることも多く、著名なコレクターの旧蔵書を見つけ出すのも絵本収集の醍 醐味に違いない。しかし、今日でも市場からの海外流出は続いており、ただでさえ希少な日本国内の 絵本がさらに減少することは、やはり憂うべき事態に違いない。研究面でも、日本人研究者にとって は、国内の絵本資料だけでは十分とは言えず、調査の上で非常な困難を伴うことになる。もっとも国 際的な見地に立てば、海外に存在するそれらの資料が、的確に整理、目録化されて利用に供されてい れば、それだけ日本の絵画資料がより広く認められ、研究される機会ともなるので、むしろ歓迎すべ き一面を持つことも事実である。理想的には、研究者が居ながらにしてその絵本の実体をかなり細か い部分についてまでイメージできるような、書誌学的記載の充実した解題目録の整備が望ましい。同 時に、日本の『国書総目録』『古典籍総合目録』のような所在目録に相当する、オンラインによるユ ニオン目録ももちろんなくてはならないものである。 しかし現状では、在欧米の日本絵本資料は、他の古典籍一般についても言えることであるが、例外 はあるものの概して整理、目録化の立ち後れが目立っており、そのために折角の貴重な資料が十分に 活用されていない憾みがある。その原因の一つとして、欧米の所蔵機関において日本の古典籍の整理 に当たる図書館司書や学芸員が、必ずしも古典籍に対する専門的知識を持たず、その取り扱いに習熟 していないことがあげられる。もとよりそのことは、日本国内においても事情は同じで、まして海外 においては無理からぬところがあるが、貴重な資料が未整理のため埋没したままであるのは、いかに も残念なことである。そこで今回、米国および欧州の所蔵機関の司書を中心に、フリーア美術館の絵 本を教材として、古典籍の整理方法について学ぶワークショップを開催することにした次第である。 目的とすることころは、絵本をはじめとする日本古典籍に対する、基礎的な知識および取り扱い上の 技術の修得である。 |