16. 行数(ぎょうすう)

 一面(半丁)の行数のことである。本文第一丁もしくはそれに準ずる丁の 行数を数える。古典物など異版の多い版本の場合には、行数によって大まか に分類できることがある。また経典、漢籍や古活字本(こかつじぼん) などでは 版式(はんしき)と称して、行数に加えて一行の字詰めを数えることがあるが、 一般の版本ではその必要はなかろう。

17. 用字(ようじ)

 おもに平仮名と片仮名の別を言い、近世初期から前期にかけて、異版が多 く、とくに片仮名本と平仮名本がある場合、その別を記載することによっ て、やはり大まかな分類の目安となる。ただし近世中期以降の版本には、原 則的に不要である。


[P54]


[P55]

18. 絵(え)

 挿し絵および全面的絵の両方を言う。数え方としては、袋綴本の場合、一 面(半丁)[P54] を単位とする原則に倣い(ならい)、その数を数えることとす る。しかし絵は見開きで一図を成すことが多いので、見開き図については、 その数も注記しておきたい。画帖仕立ての絵本などは、見開き図だけの場合 が多い。もちろん、より研究的な調査では、絵の数だけでなく、具体的に何 の図が欠けているかなどの情報が要求されるので、できれば存在する絵の画 題が何であるかを断っておくと有効である[P55]。ただし、和漢の画題の特 定には知識と経験が要求され、適切な参考書も少ないので、画題を標記した 絵手本類や絵画の図録類に日頃から接して見馴れておくことが必要である。

 また墨摺り(すみずり)と色摺りの別や、墨摺りの場合、筆彩(ひっさい)の有無 などの注記が必要であることは言うまでもない。さらに色摺りの場合、多色 摺り、二色摺り、艶墨、薄墨、藍墨(たしょくずり・にしょくずり・つやずみ・うすず み・あいずみ)などや金銀、雲母(きら)などについての注記、あるいは合羽摺り( かっぱずり)、空摺り(からずり)(きめ出し)、吹きぼかしなどの手法についても 注記する必要がある。


[P56]


[P57]

 また画者の署名や落款印(らっかんいん)[P56, P57, P58, P59, P60] があれば、そ れを判読して付記し、画賛(がさん)として漢詩句(かんしく)[P61] や和歌 [P62,P63]、狂歌[P64]、発句、俗謡(わか・きょうか・ほっく・ぞくよう)などがある場 合には、その翻字(ほんじ)を付記するようにしたい。

[P58]


[P59]


[P60]


[P61]


[P62]


[P63]


[P64]



19. 奥書(おくがき)

 奥書とは、その本の成立や書写に関わる記述を指して言うことが一般的で ある。版本にはない場合が普通であり、あってもその本の内容に関わる情報 がほとんどで、書誌学的には第二義的なものであることが多い。しかし時に その本の成立に関する情報が記されていることもあり、刊記のない場合な ど、とくに重要である。

20. 刊記(かんき)

 刊記とは、その本の出版時期や出版者(出版書肆(しゅっぱんしょし))に関わ る事項の記載を言うものである。その位置は、一般に最終丁や裏見返しなど のように後方にあり、それをとくに奥付と称するが、早い時期の版本の中に は、前方の目録や序文などの後に位置するものもある。また近世後期や末期 の版本には、刊記の記載内容が見返しに記されることも多い。その場合は、 見返しの項目として処理するか、必要事項を抜き出して刊記の項目として扱 えばよかろう。刊記の記載を記述する場合、そのまま掲出する方法と、略記 する方法とがある。略記する場合は、まず刊年を何年何月の形で書くとき に、たとえば、「孟春(もうしゅん)」「林鐘(りんしょう)」「神無月(かんなづき)」 などの、月の異名による原表記を「正月」「六月」「十月」に改めるか否か は、その人の判断によるが、なるべく元のままにしておいた方が間違いが少 ない。


[P64a]

 また近世後期以降、浮世絵に刻印された改印が、まれに版本にも存する場 合がある。とくに続き物の浮世絵が冊子体に改められた場合など、当然と 言ってよかろう。その時は、石井研堂著『浮世絵改印の考證 一名、錦絵の発行 年代推定法 』などによって、年時を確かめ、「何年何月の改印あり」という ように記す[P64a]


[P65]


[P66]

 次に出版者であるが、それが書肆(しょし)である場合には、その書肆名をた とえば「江戸日本橋通油町 蔦屋重三郎」のように住所と一緒に抜き出す。 相合版(あいあいばん)など、二軒連名の場合も同様に記すが、三軒以上に亘り( わたり)[P65]、転記が煩瑣(はんさ)であるときは、原則として左端の一軒を抜き 出し、「他何軒」といった記し方をする。ただし、これは左端に記される書 肆が版元(はんもと)[P66]である可能性が高いことからの便宜的な処置に他な らない。よって他の位置にある書肆名の下に版元印が押されている場合な ど、そちらを抜き出した方がよいと言える。いずれにしても、書肆を略記す る方法は、不備を否めないので、できれば煩(はん)を厭わず(いとわず)すべて掲 出するようにしたい。刊記を転記する場合の注意点として、とくに書肆名が 入れ木 (埋め木)(いれき (うめき))によって改刻(かいこく)されることが多いので、 その痕を注意深く見極める必要がある。すなわち、文字や墨、匡郭(きょうかく )などの不自然な状態から、入れ木が判別できたら、そのことを注記してお くようにする。


[P67]

 また書肆以外に、筆工、彫工、摺工(ひっこう・ちょうこう・すりこう)などの名が 記してあれば [P67]、それも是非とも記述しておきたい。とくに彫工は絵本 や法帖に特徴的な記載であり、それだけその本における彫工の果たした役割 が大きいことを物語っている。ただし、彫工名は、刊記だけでなく、しばし ば柱に刻されることがあるので、注意が必要である。


[P68]

 また、出版が版元書肆によるものではなく、著者等による、いわゆる蔵版 物の場合で、蔵版者(ぞうはんしゃ)が判明するとき [P68] は、そのことを明記す る必要がある。蔵版者とは、わかりやすく言えば、その版木(はんぎ)の所有者 であって、近世ではいわゆる版権は蔵版者に帰属する。ふつうは著者もしく はその周辺の制作費の出資者であるが、個人以外に機関が蔵版者となること も多く、そのうちとくに寺院の場合は寺院版(じいんばん)、藩の場合は藩版(は んぱん)と称する。そもそも近世の出版物のうち書物屋が扱うものには、自費 出版に相当する蔵版物が多く、とくに文芸書、学術書、宗教書などにはふつ うに見られる。その場合、刊記に記される書肆は、出版書肆ではなく、単な る製本書肆か売り広め書肆に過ぎないことになる。しかし当初は著者蔵版と して出されながら、のちに書肆がその版木を買い取り、版元になる場合も少 なくないので注意を要する。

 蔵版者の記載は、ふつう刊記部分に「何々蔵版」とあるが、時に柱に 「何々塾」とあったり、「何々蔵」と言う蔵版印を押捺(おうなつ)するなど多 様であるので、その記載場所とともに記述しておくようにする。

 また仏書などによく見られるが、刊記とはすこし性格が異なり、出版の経 緯などを記した巻末の記載を、とくに刊語(かんご)と称して刊記と区別するこ ともある。


[P69]


[P70]

21. 版刷(はんさつ)

 版刷とは、便宜的な造語であるが、刊記と版面や印刷の状態、その他の要 素を勘案して、その版本の印刷時期を推定することを言う。そもそも版本 は、刊記の刊行時期の表記がそのまま印刷時期を表わしているとは限らず、 むしろそうでないことの方が一般的である。よって、その版本が実際にいつ 印刷されたものであるかを推定する必要が出てくることになるが、最初に刊 行された時期を「版」で表し、その後の実際の印刷時期は「刷(さつ)(印)」で 表すこととする。ただし、最初の刊行時期ではなくとも、出版書肆が変わっ たときなど、版行時を改めて明記する場合があり、その時は「版」で表すの が慣行である。つまり、寛永原版であっても元禄版、寛政版と称することが ありうる。「求版(きゅうはん)」と明記する場合も同様であるが、その場合は 「版」の代わりにそのまま「求版」と記しておけば事情は明白となる。いず れの場合も、原刻(げんこく)の時期が併記されるときは、「何年原版(刻) 何年版(求版)」とする。「刷」は、最初の刊行時期と同時もしくは近い場 合には、「初刷 (初印)(しょずり (しょいん)」あるいは「早印(そういん)」などと記 し、遠い場合には、「後刷 (後印)(あとずり (こういん))」などと記し、さらに具 体的な時期が解ればそれを記すようにする [P69, P70]。時期の区分は、大ま かに鎌倉前期、同後期、南北朝期、室町前期、同後期、安土桃山期、近世初 期(慶長ー寛永)、同前期(正保ー正徳)、同中期(享保ー安永)、同後期(天 明ー文政)、同末期(天保ー慶応)、明治期ぐらいが目安になろう。

 具体的な記述としては、刊記に元禄三年刊とある版本について、それがか なり後の印刷であれば「元禄三年版 近世後期後刷」のように記す。また版 本には、近世初期の無刊記本(むかんきぼん)をはじめ、刊記のない本が少なく ないが、その場合でもできるだけ推定するよう心掛ける必要がある。ふつう 「近世初期印」といったぐらいの推定でよいが、もっと限定できる時は、た とえば「慶長元和版」などといった言い方をする。また覆刻(ふっこく)である ことが判明する場合には、たとえば「享保八年版寛政九年覆刻」のように記 す。いずれにしても版刷の推定には、相当の熟練を要することで、困難を伴 うことが多い。しかし、これは経験を積み重ねる以外に上達の方法はないの で、多少、自信はなくともあえて推定に挑戦するぐらいの意気込みが必要で ある。とくに推定には、同じ版本で印刷時期の異なるものを並べてみること や、他の人の意見を参考にすることがもっとも有効な方法である。少なくと も実際には明治の印刷である本を、刊記のままに寛永期の版本のように記す ことはないようにしたいものである。


[P71]

 漢籍書誌学では、同様のことを刊(刻)、印、修(かん (こく)・いん・しゅう) の語 を用いて記すのがふつうである。すなわちその版本の印刷時期によって、初 刷を「刊」、後刷を「印」、さらに修訂(しゅうてい)を加えて印刷した場合を 「修」として、それぞれの印刷時期の下に記す。しかしこの方式は、和本の ように最初の刊行から少しずつ時期をおいて少部数を断続的に印刷すること が多く、刊と印の区別がつけにくいものには、必ずしも馴染まないことが多 い。修訂本(しゅうていぼん)についても、補刻(ほこく)[P71] や改刻は(かいこく)初 刷の当初から頻繁に行われるのがふつうであり、どの程度の修訂を以て修と するのかなど、判定が難しい。もっとも地図や吉原細見(よしわらさいけん)、武 鑑(ぶかん)など、年ごとに一部改刻されるものや、戯作類(げさくるい)の改題本( かいだいぼん)をはじめ、気が付くかぎりの修訂については、その旨注記してお くようにしたい。


[P72]


[P73]

22. 広告(こうこく)

 広告 [P72, P73] とは、蔵版目録(ぞうはんもくろく)とも言い、その本を出版し た書肆の蔵版書の既刻(きこく)もしくは嗣刻(しこく)の広告である。近世の本の 中には、この広告にしか確認できないものもあるので、広告は当時の出版に 関するさまざまな情報源として重要である。略記の方法としては、冒頭の書 名のみ具体的に書名を挙げ、「広告(蔵版目録)に何他何点の書目あり」な どと記したり、既刻と嗣刻を区別して記す方式がある。何丁にも亘る場合に は、「広告何丁あり」などとすることもある。ただし、広告は、初刷本のの ち後刷本に至って付されることが多く、そこに挙げられる書目の吟味によっ て、その本の印刷時期の推定の手掛かりになることも多い。よって万全を期 すには、書目一点一点すべて掲出するほかにない。また、本以外にしばしば 薬の広告が見られるが、その場合にも、できれば摘記しておくようにする。


[P74]
23. 題字(だいじ)

 版本によっては、本文の前に、その本の題意を凝縮 (ぎょうしゅく)して表し た、漢字の数文字が大きく刻されることがある。題字と称し、序に準ずるも のであるが、別に扱うべきであろう。[P74]


[P75]
24. 序跋(じょばつ)

 序文 [P75]、跋文(ばつぶん) ノついても、是非記述しておきたい。同じ版本 でも、何らかの事情が介在して、本によっては序跋の順番や位置が異なった り、削られたりすることがある。よって、序、次序、引、跋、後跋(じょ・じ じょ・いん・ばつ・こうばつ)などの呼称に関わらず、序文は本文の前にあれば序 文とみなすようにし、本文の後にあれば跋文とみなすようにすれば、混乱は 防ぎやすい。

 略記の方法は、年時および序跋者の名前は最低記しておく必要がある。で きれば年時と名前はそのまま掲出するようにし、落款印(らっかんいん)があれ ばそれも記しておきたい。印の記し方としていちばん簡単な方法は、印刷で あれば□や○の中に「印」の字を記しておき、実際に押捺(おうなつ)されたも のであれば、「(印)(印)」のように記しておけばよい。詳しくは蔵書印 同様、白文、朱文(はくぶん・しゅぶん)の別や印文も注記しておくようにする。

25. 凡例(はんれい)

 凡例は、その本の編集の方針を記したもので、題言(だいげん)ともいう。と くに凡例には触れなくとも問題はないが、その末尾に記された年時が本の成 立を示している場合など、適宜、立項し、必要な記載を記すようにする。

26. 構成(こうせい)

 表紙を除いた、本の内部を記しておくと、何かにつけ本全体の有様を把握 するのに役立つことが多い。簡略には、「序/一丁(面)、絵/六丁 (面)、広告/一丁(面)、刊記/裏見返し」などと順番に記しておいてお くだけでもよいが、特に、絵についてもっと詳細に、各丁(面)の絵ごとに 画題なども記しておけば有効である。


[P76]


[P77]

27. 識語(しきご)

 識語とは、その本の所蔵者などによって記された、伝来(でんらい)、購入 [P76]、所蔵 [P77] その他に関わる、さまざまな記載の総称であり、書入れと は一般的に異なる。その記載内容によって重要度に差があり、とくに必要と 認められるものについて適宜、注記すればよい。

28. 書入れ(かきいれ)

 書入れとは、本文の上欄や行間に所蔵者などによって書き加えられた、訓 み(よみ)、返り点、朱引(しゅびき)、異同注記(いどうちゅうき)、訂正、その他の記 載であり、とくに漢籍、仏書、古典などの手沢本(しゅたくぼん)に多く見られ る。それなりの内容を有するものを書入れ本(かきいれぼん)と称し、書入れ者 が判明する場合はそれを明記するが、とくにそれが名家である場合、「何々 書入れ本」と称し、しかもそれが自筆の場合は、「何々自筆書入れ本」と 言って尊重する。書入れは朱筆(しゅひつ)が多いが、藍墨(あいずみ)や緑墨(りょ くぼく)もあり、いずれの場合もその由を注記する。

29. 蔵書印(ぞうしょいん)

 蔵書印は、その本の旧蔵者が押捺(おうなつ)した印のことで、それによって 本の旧蔵者などの伝来を知ることができる。通常、本の第一丁の右下隅から 順に上方に押されていくことが多いが、上方欄外や巻末左下隅などにも見ら れる。時に蔵書票(ぞうしょひょう)のように、表紙に貼り付けた小紙片の上から 押捺する例もある。


[P78]


[P79]

 蔵書印を記述するには、できれば押捺の順に記したいので、右下隅から順 に記していくのがよいが、実際にはもっと複雑で、一筋縄にはいかないこと が多い。また各印は、たとえば「林忠正印」(白文方印)[P78]、「掃葉山房蔵 書」(朱文長方印) [P79] のように、まず印文を「  」で括って記し、 ( )にその陽刻、陰刻(ようこく・いんこく)の別を、朱文、白文、墨文(しゅぶ ん・はくぶん・ぼくぶん)などのように記し、さらに形を方印、長方印、円印、壷 印、鼎印(ほういん・ちょうほういん・えんいん・つぼいん・かなえいん)などのように記 す。その他、枠が二重の場合は、重郭(じゅうかく)と言う。印は通常、篆書(て んしょ)で刻されており、その印文の判読には相応の年季を要する。日頃から 篆刻(てんこく)の字典などによって判読力を培っておきたい。また蔵書印譜(ぞ うしょいんぷ)の類によって、代表的な蔵書印については、頭に入れておくと便 利である。絵本の場合には、とくに海外のコレクターの蔵書印についても留 意が必要であろう。

 なお通常の蔵書印とは異なるが、広い意味で蔵書印の中に入るものとして 貸本屋印(かしほんやいん)がある。この貸本屋印は、ふつう墨印(ぼくいん)で第一 丁の右上隅に押されることが多く、屋号(やごう)とともに商標(しょうひょう)や 地名も併刻(へいこく)されていることが多いのが特徴である。ただし貸本屋印 の印譜はいまだ不備であり、その印文から貸本屋名を特定するのは、一般に 困難と言ってよい。

30. 備考(びこう)

 以上の他の特記事項を記しておくようにする。たとえば古活字、近世木活 字、銅版(こかつじ・きんせいもっかつじ・どうばん)など、通常の整版と異なる印刷様 式のことや、虫食い、破損などの保存状態、書袋(しょたい) や帙(ちつ)のことな ど、何でも気が付いたことを自由に書いておくようにする。虫食いなどは、 本の場合、浮世絵などの美術品と異なり、さほど厳密さを要求されないこと が多く、大雑把(おおざっぱ)に「第一冊に虫損(ちゅうそん)僅少(きんしょう)あり」 などと書いておけばよいが、もとより詳細に書くに越したことはない。また 分類目録を作成する必要があるときは、内容に関することをメモしておく と、分類のときに役立つことが多い。